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無職証明書

正社員として就職した病院は、内科系の新しい小規模病院です

当時の長崎市内で、救急病院として有名な病院から独立した2名のドクターが開設した病院でした


なので、事務長を始め事務員さん等、病院経営にはまだ慣れていないようで、入社の手続きも今までの病院と違って独特でした

小猿が働けないので、扶養家族にして欲しいと言うと、事務員さんもどうしていいのか解らない様子で、あちこちに問い合わせをしていました

そして、扶養にするなら「無職証明書」を提出して下さい、と言われました

「無職証明書」という存在を知らなかった私は



それはどこが発行してくれるんですか?



少々お待ち下さい、と言いまたどこかへ問い合わせしています


民生委員さんに書いて貰えるそうです



民生委員さんて、どこに行けばいいんですか?



その地域にいるそうです



地域? 市ですか? 町内ですか?



市では無いと思うから町内ですかね・・・?



この病院の職員で扶養家族を持っている方はいないんですか? その人はどうやって無職証明書を書いて貰ったんでしょうか?


いいえ、ご主人さんを扶養家族にされるのは初めてなので、無職証明書が要るそうですので・・・



私が女で、扶養したい相手が男だから要るんですか?



そうですね・・・、初めてなので・・・



何か矛盾を感じ、嫌な気持ちになりましたが、事務員さんが悪い訳でもないので、どこに矛盾を向ければいいのか解らず、モヤモヤした気分でした



市営住宅に住んでいるので、市役所に問い合わせしてみました


市営住宅だけでも小さな町のような所で、この市営住宅の自治会長が民生委員をしていると解りました

就職したばかりでまだ夜勤も無く、平日の休みも無く、早く手続きをして貰わないと小猿の国民健康保険を作らなければならなくなります

仕事の帰りの夕方に自治会長のお宅へ行ってみました

自治会長はA棟に住んでおり、A棟は一番規模が大きく、とにかく見た目はどこも同じ白い建物が並んでいるので、その中から自治会長のお宅を探すのも大変でした

私自身方向音痴で、一度探した同じ場所にまた戻ってしまう感じです

やっと見つけてチャイムを鳴らしたのは19時過ぎていました

チャイムで出てきた男性が自治会長でしたが、無職証明書を書いて欲しくて来ました、と言うと



今何時て思うとっとか? また明日早く来い!!



怒鳴られてしまいました



今仕事の帰りで探すのに時間が掛かりましたが、明日も明後日も仕事の帰りにしか来れないので1時間位早くなるだけですけどいいですか?



閉められたドア越しに大声で伝え、また明日来ます、と言いその日は帰りました


自分の住宅に着くと、今までのどこへ向ければいいのか解らなかった矛盾に対するイライラ感が、自治会長への怒りになり、どうして怒鳴られなければならないのか、腹が立ちました

怒鳴られてまでお願いはしたくありませんが、小猿は実際入院しているのだし、早く手続きをして扶養家族にしてもらわなければ困ります


重い気持ちで、翌日の仕事帰りに再度自治会長のお宅を訪ねました


今度は怒鳴る事はありませんでしたが、今日言って今日書ける物ではない、と言います

「無職証明書」自体の存在を知らない私は、それがどの程度大変な書類なのかも解りません



早く提出しないと扶養家族にしてもらえなくて、国保の料金が掛かるのでなるべく早くお願いします



と言うしかありませんでした



旦那さんが仕事せんけんが扶養家族にすれば良かて簡単に考えてもろうても困るよ



仕事しないのじゃないです、出来ないんです、病気で



病気の治れば仕事するやろ、そいは無職て言わん



治らない病気なんです、先生から仕事は出来ないと言われたんです



そいば証明するとば持って来んね



証明? 特定疾患の受給者証でいいですか? 今小浜に入院しているので小浜にしかないです、仕事が休みじゃないと行けませんから遅くなります、手続きが間に合いません



証明するとのなかったら書けんやろ、小浜に行って持って来て



それじゃ間に合わなくなってまたお金が掛かるんです、もういいです、受給者証は県が発行していますから、県庁に事情を電話で相談してみます



そんがん急がんでもよかやろ



急がないともうお金が無いんです、だからもういいです、県庁に相談してみます、他の民生委員さんを紹介して貰いますから、すいませんでした



いやいや、ほんとに受給者証のあるとなら書くよ、待っとかんね、名前は?



部屋の中に戻った自治会長は、5分程で書類を持って玄関に来ました


ペラっと1枚の小さな紙に、無職証明書 と印刷され、民生委員の名前、住所も印刷済みです

小猿の名前と、その日の日付、それと会長の印鑑を押しただけの紙でした



たったこれだけの紙切れを貰うだけで、こんなに不愉快になるのか・・・



産休代理要員としてアルバイトしていた時は楽しかったのに、就職した途端嫌な気分になりました

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仕事探し

今現在の事ではないです、小猿がいた頃の話しです


小猿が、左下肢の手術も終えて、小浜に転院した後、そろそろ復職しないとかなりまずい状況でした

市営住宅への引っ越しも終えて、仕事を探し始めました

市営住宅は、かなり不便な所にあったので、スクーターで通える範囲で探そうと思い、その地域をスクーターでウロウロしていると、結構新しい病院がありました

市営住宅からクネクネと坂をずっと麓まで降りた所で、その病院の近くにはスーパーや市場もあり、何かと便利そうなので、直接電話してみました


今、看護師の募集はしていないが、空きがでたら知らせる、との回答でした


看護師というのは、産休のため、とか、結婚のため、とか、よく空きが出ます

頼んでおくとそんなに待たなくても就職出来るかも、と思い、連絡をお願いしておきました

ちょうどその時、ナースバンクからの依頼で、産休代理要員として3ケ月間のアルバイトの話しが来ました

国立療養所長崎病院です

小猿がリハビリに行ったのは、国立療養所小浜病院です

同じ国立療養所なので面白そうと思い、アルバイトを受ける事にしました

市営住宅からはスクーターで30分程かかりますが、3ケ月間だし、空きを待って遊んでいるより金銭的に助かりました


小浜病院と比べると、かなり大きくて綺麗でした

国立ですから、正社員の看護師さんは公務員になります

なので、アルバイトの時給もよかったです

ナースシューズや、白のストッキングも無償提供されました

私は民間の病院しか勤務した事がなかったので、無償提供には驚きました

白衣は制服ですから、もちろん無償です

敷地の中には官舎もあり、そこに住んでいるドクターやナースもいました

普通のちゃんとした一戸建ての家の家賃が1万もしなかったです



ここに正社員で勤務して官舎に住めばお金持ちになるよな~ 通勤も楽やし



と思っていましたが、実際住んでいた看護師さんは



自宅は程よく離れていないと気分転換にならないから嫌



と言っていました

看護師の仕事は、日勤、準夜、深夜と3交代制で、患者さんの容態によっては時間どうりには帰れなくて、ダラダラとしていると日勤の後、あまり眠れないまま深夜勤務に入る事も多いです

なので、キッパリと仕事と仕事以外の時間を分けるために、自宅は少し離れていた方がいいのでしょうが、当時の私は3交代勤務だからきつい、とか、切り換える必要性も感じてはいませんでした

深夜勤務明けは休日と同じ感覚で、眠らずに遊んだり、旅行に行ったりも平気でした


今は、深夜明けはゆっくり休養する時間であり、オンとオフの切り換えが大事だと言ってた意味が解ります


このアルバイトでは、内科病棟の勤務で、主に脳梗塞の後遺症の患者さんがいました

もちろん私も夜勤が組まれ、2週間目から夜勤がありました

3ケ月間と決まっていたせいか、スタッフも皆さん親切で、全くストレス無く仕事が出来ました

3ケ月目が過ぎようとした頃、他の病棟で産休に入る看護師さんがいて、私に契約更新の話しがありました

また3ケ月間です

他を調整し、私は同じ病棟で継続出来ました

空き待ちの病院からの連絡はまだ入ってなかったので、契約更新しました

その更新した期間も終わろうとする頃、空きを待っていた病院から連絡があり、面接に行きました

産休代理要員でアルバイト中だと言うと、その期間を終えてからで良い、と内定が決まりました

国立療養所では、再度契約更新の話しがありました

スタッフの皆さんも、せっかく慣れたのだからここにいると、そのうち正社員になれるよ、と言ってくれました

しかし、いつ正社員になれるかは解らないし、アルバイトでは小猿を扶養家族に出来ないので、更新は断り内定を貰った病院に就職しました

国立療養所の皆さんがお別れ会を開いて下さいました

半年間の勤務でしたが、お別れは寂しかったです

新たな病院への期待もあり、週に1回は小浜に行ったりで、この頃は楽しかったです

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身体障害者手帳

小猿の同室の患者さんで、五島の奈留島から治療に来ていた山口さんがいました

小猿より少し年上で、何かと相談に乗って下さり、小猿はとても懐いていました

山口さんも大腿骨頭壊死症で、両脚に人工関節が入っていました

私達が特定疾患と初めて知り、ショックを受けていた様子を見た山口さんは



失礼かかもしれんけど、身体障害者手帳は持っとるですか?



いいえ、持ってるんですか?



はい俺は3級です、申請してみたらどうですか? 何かの時に役に立つかもしれんですよ



どんな時に役に立ちますか?



今は自分で歩いてますけど、先で車椅子になれば、手帳のあるか無かかで受けらるるサービスの違うらしかですよ
障害年金も級が上がれば貰わるるかもしれんです



小猿は自骨やし、片方だけ失敗して人工骨頭入れたけど、手帳の対象になりますかね?
やっぱり高橋先生に書いて貰わんばとでしょう?



俺が3級ですけん、今はもっと下かもしれんけど、先でどうなるか解らんでしょう?
申請して、受理されて、手帳発行まで時間の掛かるけど、等級ば上げるだけならその分早かし、いざて言う時にすぐ手帳のあれば安心て思うとけど、高橋先生に頼むついでに一緒にすれば嫌な事も一回ですむし



あー・・一回で済んだ方がいいですね、先で必要になるかもですね



高橋先生に嫌われるとしても、嫌われついでに頼んでしまおう、と思い、主治医に身体障害者手帳の申請についても頼んでみました

主治医は色々調べて下さり、申請書は病院には無いので自分で市役所に取りに行くように、後は自分が高橋先生にお願いしてみますよ、と言って下さいました


翌日、早速市役所に行き、申請書を貰って、主治医に預けました




転院までに間に合わないかもしれないけど、書類だけ奥さんが取りに来てくれますか?



はい、間に合わなくても大丈夫です



主治医の研修医は優しかったのですが、後日、高橋先生が病室に来た時



小猿君の場合、手帳作っても障害年金の対象じゃないよ、必要なの?



はい、先の事を考えると、持っていた方がいいかなと、急ぎませんのでお願いします



急がないのなら今作らなくてもいいじゃない



必要になるかもしれないのは私達なんです、申請を受理するのは市役所です、等級に関係無いです



私は、高橋先生は、お金目当てに手帳を作ると思っているのかな?と思うと腹が立って、ムキになって言い返してしまいました



申請が通るとは限らないよ



冷たく言うと、高橋先生は部屋を出て行きました


山口さんが



奥さん、なんかすいませんね、余計な事ば言うたごたるですね



いいえ、働けないと言ったのは高橋先生だし、手帳が要るか要らないか決めるのはこっちですから



小猿は「そうさ、決めるとはおいどんさ」と言い、部屋の患者さんも



先生が障害年金ば出してくれるわけじゃあるまいし、あの言い方は無かですよね



ザワザワとみんなが不満を言っていました


結局、小猿は障害者手帳4級を貰いました

障害年金は出ませんでしたが、自宅に戻って車を買った時の税金が安くなったり、私の職場に扶養届を出す時に提出する事で、扶養手当の税金が還付される、など、役に立てる事が出来ました

この特定疾患の手続きや、障害者手帳の仕組みを知れた事で、私は看護師に戻った時に、対応する患者さんで、必要と思われる方には積極的に知らせてあげようと思いました


福祉サービスは、知っている人だけが恩恵を受けるサービスではありません
必要な人が、それを知らなくても、正当なサービスを受けられるようになって欲しいです

今現在は福祉サービスもオープンになりつつありますが、当時の長崎は私達みたいに知らないまま困っていた人は多かったと思います

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特定疾患だなんて知らない

下血が治まると、早速手術のための血液の貯金が始まり、400mlが4パック貯まった時点で左足の手術になりました

執刀医は高橋先生、人工骨では無く自骨を使う術式でしたが、両下肢とも自骨じゃないと良い症例とは言えないのか、高橋グループは前みたいなやる気満々という感じではありませんでした

私も小猿も、小浜に期待していたので、良い症例と思われなくても構いませんでした

手術の時は、またお義母さんと待たなくてはならない事が憂鬱でした



なして小猿がこんげん何回も手術ばせんばとやろうか、みりさん、お祓いはしてもろうたですか?



本気で言っているのか、嫌味で言っているのかは解りませんが、もう何度も言われるのでショックは感じなくて、最初から両脚の手術は決まっていたのを忘れているのなら、呆けて来てるのかな・・と思いました



最初から両脚手術と決まっていて、お義母さんも説明聞きましたよね?



もう3回目でしたい



この前のは転んで骨折した分です



おーどかね、あーたは、そんげん大声で言わんでも聞こえますよ



あー、そうですか、じゃあ黙っときますね



そう宣言する事ができたので喋らなくて済み、私は文庫本を読んで過ごしました

お義母さんの怖さにも慣れたのだと思います


術後はまた1週間は泊まれますので、通いの面会より楽で嬉しかったです

夕方、早くから布団の準備をして、足を伸ばして座れるのがなにより楽です

小猿も、私が泊まれるのは嬉しいらしく



おい何回でも手術して良か、全然怖くなかもん



と言っていました


高橋先生へのお礼について2人で考え、気は進まなかったのですが、今回が最後、と言う気持ちを込めて、また20万円渡す事にしました



手切れ金やね



小猿がボソッと言うので大笑いしました


今回も高橋先生は当たり前のように受け取りました


同室の患者さんが



続けて3回はきつかけど、お礼しとけば書類も早う書いて貰わるるですもんね、毎年になりますけん



と言いました



書類? 毎年? 生命保険ですか?



生命保険もですけど、特定疾患の書類ですよ



特定疾患?



大腿骨頭壊死は特定疾患やけん、書類ば出せば治療費のかからんでしょう?書いて貰わんかったですか?



いいえ



あらまた、最初に書いて貰うて毎年更新せんばねぇ



高橋先生が書いてくれたんですか?



そうよー



ショックでした

今までの治療費は結構な金額になっていました

それは仕方が無いとは思っていましたが、特定疾患に該当する事さえ言ってくれなかった事がショックでした


特定疾患・・・国が定めた難病に指定された疾患の自己負担分を公費とする制度


確かに看護学校で習ったし、国家試験にも出ました

でも大腿骨頭壊死が該当するなんて、試験が終わった瞬間に忘れているし、整形外科に勤務した事は無かったので私の頭にはありませんでした



教えてくれたっていいのに・・・・



もしも1回目の入院のときなら、高橋先生も忙しくて忘れる事もあるかもしれませんが、3回、なけなしのお礼を渡したにも関わらず言ってくれないなんて、と思ってしまいます


大腿骨頭壊死は手術すれば完治する病気ではありません

骨自体がもろいのですから、また砕けるのです

人工骨頭や、人工関節を入れると、その人工の骨が自分の骨を砕いてしまいます

定期的に診察、検査をして、手術を繰り返していくのです

私達が知らなかったら、ずっと教えないつもりだったのでしょうか・・・


取り敢えず、主治医の研修医に相談しました



僕が書く事は出来ますが、それはあくまで代筆という形で、なんです



主治医は困ったように答えてくれました

所見は研修医が書いていいが、署名捺印は執刀医でなければダメなんだそうです


私は高橋先生との確執を話し、主治医から高橋先生に頼んで下さい、とお願いしました

主治医は、いいですよ、と引き受けて下さいました


特定疾患は認定されて初めて適応されますので、書類を県庁に出して認定されるまで、公費扱いにはなりません

なので、1日でも早く書類を書いて欲しかったですが、小浜に転院するギリギリになり、やっと頂く事が出来ました

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やっと半分

小浜病院へ再転院し、リハビリは順調で、前歯も入り、毎日塩湯の温泉プールに入っていたおかげか、小猿の顔はツルツルの美肌になっていました

元々、ステロイド剤の副作用でニキビ肌だった小猿は、ツルツル美肌になった事が一番嬉しかったようです

私も、小猿のツルツル肌を見て、週末に泊まる民宿のお風呂では、顔までつかるようにしていましたが、小猿のような美肌にはなれませんでした


そんなこんなで、リハビリ生活も板に付き、杖を使って歩く事が出来るようになった頃、左下肢の手術のため大学病院へ戻る事になりました

古くさい病院で、部外者を寄せ付けない雰囲気だった小浜病院ですが、1年近くも入院していると、親しみ深く家族的な雰囲気に変わっていたので、また離れてしまうのは寂しくもありました

しかし、左下肢の治療が終われば、もう入院生活とはお別れし、新居暮らしが始まるのですから、先へ向けての楽しみもありました



また2~3ケ月したらリハビリに戻って来ますから



別れを惜しむ患者さんへ挨拶をして、看護師さん達からは



またこけんごとしてね



と、からかわれながら

私達は小浜から長崎へ戻りました



久しぶりの大学病院は、かなり大きく感じました

整形外科病棟の師長は異動していましたが、主任は前と同じでした

主治医は研修医なので、また違うドクターでしたが、チームドクターはやはり高橋先生でした

10か月振りの対面で、転んで骨折した時のような冷酷さはありませんが、初診時のような親切さも無く、淡々とした感じでした



やっぱい冷たかったね、まぁだ怒っとるとかなぁ



高橋先生の診察の後、小猿はガッカリしたように言いました



解らんけど、あと1回手術してリハビリになるまでの辛抱たい、すぐ小浜になるさ



そうたいね、あと1回



入院していると、様々なストレスを受けますが、ドクターに対しここまでストレスを感じるなんて、身から出た錆とはいえ、かなりの恐怖でした

私も高橋先生の姿を見るだけで緊張していたので、小猿のストレスは相当だったと思います

小猿の表情は日に日に暗くなっていきました


大学病院に戻って2週間目頃、また十二指腸潰瘍になってしまいました

今回は吐血では無く、タール便と言う黒色便が出たため、胃カメラをして解りました

ステロイドも12錠のままでしたので、副作用も重なったのかもしれません

手術の前に潰瘍の治療が先決されました

早く手術して早く小浜に行き、高橋先生から逃れようと思っていた私達にとっては、十二指腸潰瘍は計算外の事でした

主治医の研修医に、ステロイド剤が増えたままずっと同じ量をのんでいるのが原因ではないのか? 小浜では腎臓の特別な検査もしていなかった、 と伝えると、腎臓内科の診察を受けさせてもらえる事になりました


久しぶりの原田先生の診察に、小猿はとても喜びました



そうだね、確かに量は多いけど、潰瘍は小浜では大丈夫だったの?



原田先生の優しい言葉に



実は、小浜で転んで骨折した時から、高橋先生から手術を拒否されたり、結局してくれたけどかなり冷たい態度で、今回帰ってきてもまだ冷たくて、それがかなりストレスになっているのかもです



本音を言ってみました

原田先生は笑って



いくら怖いと言っても、潰瘍起こす程のストレスにはならんだろう



でも小浜ではどうもなくて、戻って来た途端にまたなったんですよ



そうか、そんなに怖いか? ま、外科系のドクターはキッチリせんと気に入らんからなぁ、ここだけの話し、実は僕もよく叱られるんだよ、怖いよなぁ?



私はその言葉だけでホっとしました

小猿もホっとした様子で



原田先生が怖かとならおいは原田先生の何十倍も怖かですよー



久しぶりの明るい表情で笑っていました



腎臓は安定していても、急には減らせないし、手術を控えているためこのまま様子を観て、術後の検査結果をみながら減らして行こう、時々診察に行くからその時にまた話をしよう



と原田先生は言ってくれました



冷たかとは高橋先生だけたい、他の先生や看護師さん達は優しかし、あんまし気にすうまぁで



うん、わかった、あと半分やもんね、半分は済んだとやもんね



原田先生と話が出来た小猿は、以前のように明るくなりました

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プロフィール

みりのこ

Author:みりのこ
みりのこのブログへようこそ☆
私は5年前に小猿(夫)を亡くし、まだ命日の時期には無気力状態になる弱虫です。
でも、そろそろ強くなりたいのです。
14年間の闘病生活を振り返り、小猿からのメッセージを見つけ、今後の人生を楽しく生きて行こうと思います。
よろしくお願いします。
コメントがありましたらmirinoko@gmail.jpまでどうぞ☆

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